これまで生きてきて今ほど自分の経験の無さを呪ったことはない。普通に突っ立ってるだけでも迫力満点だというのに、美丈夫の今にもキレそうな顔は心臓に悪すぎる。
「待つのは得意って言ったじゃん」
「限度っつうもんがあんだろ」
怒っていらっしゃる、それはもう、とても。
キスなんてそこらのガキでもしてるだなんて言われても、実際するのは子どもじゃなくて私。それで相手は誰かだなんて、改めて聞かないでほしい。
「なんでキスするんだろうね!?人間って」
「なんでってそりゃ……気持ち良いから?」
き、気持ち良いのか……?本当に?いやいや、そんなのやってみなければ分からない。
「……って、それやっちゃう流れ!」
スタンリーとの、そういう決定的な接触を断ること数十回。彼の立場からしたらプライドも何もかもズタボロというのは分からないでもない。
そういうものだって色んなものを見て学んできた。学んだからといって実践できるとは限らない。私だって、誰でも良いわけじゃないのだから。
ただ、私がスタンリーだったらとっくに心が折れているなと思う。嫌なのではなく心の準備がどうしてもできない。罪悪感が募るばかりだった。
「その気になった?」
「や、そういうんじゃ」
「いいや今だ。こんだけ繰り返してりゃ嫌でも分かんよ」
彼曰く、私のような人間はやる前からビビり過ぎるので寧ろやってしまった方が「あっ別に大したことなかったな」と思うんだとか。
「つうわけでいい加減その口と目閉じな」
「ひえっ……」
「まぁどっちも開けっぱがシュミなら俺はそんでも良いけど」
「分かった閉じる!でもその前に言っときたいことがあるんだけど、良い?」
短いため息。そして沈黙。
発言の許可を得た私は、先程の彼とのやり取りでどうにも引っ掛かっていた疑問をそのまま口にした。
「たっ、大したことないことはなくない?」
「……は?」
「想像しただけでもこんななのに……」
スタンリーにとっては親愛の挨拶みたいなものかもしれない。でも私は違う。
初めてだ。息をするみたいにさらっとされても困るし、じゃあします!的な空気も逃げ出したくなる。
スタンリーはきもちくなりたいからキスするの?その後は?
彼が言った通り、大したことない、何もありませんでしたって雰囲気に戻れるんだろうか。そんなの、無理だ。
「戻れないよ、知っちゃったら……。私、変になったらどうしよう」
顔色一つ変わらないスタンリーと、見えなくたって真っ赤なのが分かるみっともない私。そのまま経験値の差が可視化されてるようだった。
「なんなよ」
「でも」
「なれば良い。名前はなんも分かってない」
そっと肩に触れる手が、熱い。
「サイコーの殺し文句ってんだよ、そういうの」
もう無理だ、反則だ。この期に及んでそんな子どもみたいに嬉しそうな顔するなんて。
変になっても、仕方ない。その責任は全部この人に取ってもらおう。
2021.9.1 『One Shot Kill』
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